2014年11月30日 もうおしまいだ

 晴れ。午後は曇り。今日で11月も終わり。私の人生も・・・。文庫と新書の校正に明け暮れ、書籍の執筆中でもある。書籍の執筆は延々と続く・・・。仕事があるということは、実にありがたいことである。感謝。

 まあ、とにかくがんばるしかない。

 今日はテレビで党首討論があったが、いつもの何とかってやつだ。当然、景気対策、少子化対策などは特効薬がなく、何もかもが不透明だ。誰にもわからない・・・。いっそ、オイラが出馬しようとか考えてしまう。う~ん、党名は「日本ボンビー党」とか??? 誰も投票しないだろうな。 オレだって入れないよ。

 ただ、無駄遣いをやめるため、次のことはやってほしいよな。

・政治資金の使途が不明朗な政治家の徹底追及。
・会計検査院の指摘を受けた官公庁は、無駄遣いをやめること。
・公務員の天下り先になる特殊法人などをやめること。


 拙著『戦国・織豊期 赤松氏の権力構造』岩田書院(2014)について調べてみた。

 上記の拙著が刊行されて、早くも2ヵ月あまり。テーマの地元である兵庫県や岡山県の公立図書館にどれだけ所蔵されているか調べてみた。結果は、次のとおり。

1 兵庫県
 姫路市図書館  8冊
 たつの市図書館 2冊

 ※県立図書館は0冊。

2 岡山県
 県立図書館も市町村図書館も0冊。

 「ガーン!」だ。さすが姫路市は、財力があるようだ。しかし、この本は税込で3,000円少し程度の値段。可能であれば、旧播磨・備前・美作地域の図書館では、所蔵してほしいものだ。そして、さらに可能であれば、拙著『戦国期赤松氏の研究』岩田書院(2010)も置いてほしいところ。何卒よろしくお願い申し上げまする。


無理は申せませんが、もし旧播磨・備前・美作地域にお住まいの方で、拙著にご関心がございましたら、ぜひ地元の図書館にリクエストをお願い申し上げます。たぶん買ってくれると思うのですが・・・(という希望的観測)。
スポンサーサイト

2014年11月29日 政治資金問題

 曇り。しかし、寒くはない。

 選挙を前にして、国会議員のみならず知事にまで政治資金の使途疑惑が浮上した。まあ、これが事実ならば、むちゃくちゃといわざるを得ない。政治資金には、税金も含まれているしね。その手法は、次のようなものだ。

・政治資金で美術品など政治活動に関係ないものを買った疑惑。
・自宅を事務所にしながら、高額な家賃を政治資金から受け取った疑惑。
・政治資金で政党の借金を返済した疑惑。
・自分の政治団体に寄附して、そこから政治資金を受け取った疑惑(個人の課税逃れ)。

 私も知らなかったのだが、すでにかなり前から指摘があったらしい。最近になって、某政党の機関紙に取り上げられた。本人は記者会見で回答を拒んだようだが、適正な措置か否か徹底して調査すべきであろう。また、別の議員は、自分に対する支払い(実質フリーハンドで使える)をしており、もし事実であるならば許されることではない。

 口では美しいことを言って、実は陰で悪いことをしているというのは、一番許しがたいことだ。もし、事実ならばということであるが。

 疑惑の議員には、脅迫があったようだが、それはいけない。投票で意思を示すべきだ。ちなみに、選挙期間中は、捜査を行わないことが不文律になっているらしい。

 それにしても、政治家というのは信用できないものだ、と改めて思った。

 12月20日(土)の史跡見学会の忘年会ですが、とりあえず場所は東京メトロ東西線「門前仲町」といたしますので、よろしくお願い申し上げます。

2014年11月28日 地方は再生するか

 晴れ。さあ、今日もがんばろう! また、いろいろと話が転がりだし、何かと忙しくなってきた。

 今回の総選挙の目玉の一つが、地方再生(創生?)である。私は、都会(京都、市川)にも地方(三木、津山)にも住んでいたので、ちょっと感想を述べておきたいと思う。

 今、住んでいる市川市は、財政状況が極めてよい。公務員の給与水準も、お隣の船橋市と並び、全国でもトップクラスである(毎年、少しずつ減らしているようだが)。それでも、年々少しずつ公務員の数は減っており、改革に余念がない。隣がすぐ東京なので、通学・通勤にも便利だし、何一つ不自由はない(カネがあればもっと良いのだが)。市川市の場合、電車、バスの交通網も非常に発達している。

 ところが、地方は違う。

 何が違うかと言えば、おおむね周知のことであるが、下記のとおりである。

・仕事(または産業)がない。
・若者が少なく、老人が多い。
・就労人口と企業が少ないので、税収が少ない。
・交通の便が悪い。移動が面倒。
・モノが高い。
・遊ぶところがない。

 挙げたらキリがないが、マイナス面が大きい。ただ、たいていの場合、自然が豊かである。また、土地は安い。

 田舎は物価が安いと思われがちだが、そうでもない、むしろ、高コストである。私もかつて実感したのだが、役所や大学などは、地縁・血縁(あるいは地元の応援目的)の関係からか、わざわざ地元でさまざまな物資を調達することになる。たとえば、名刺は通信販売(ネットで注文)なら、100枚で500円(郵送料込)で購入できるが、地元の印刷屋を使うので、軽く3~4倍程度はかかってしまう。名刺くらいなら良いのだが、ほとんどがそうである。

 しかし、地元に注文しないと、文句を言われるので、そうするしかない。役所などは、税収不足で節約しなくてはならないのだが、地元に配慮して高コスト体質にならざるを得ない。私がかつて都会の安い印刷屋を探し(「学生便覧」の印刷)、地元より3~4分の1の経費に押さえたが、すごい文句を言われた。「余計なことするな」と。まあ、地元からすれば、そんなものである。この点は矛盾である。

 要は、田舎の業者には、都会との競争力がないのだ。それは、値段だけでなく、技術力もそうだ。

 前に新聞を読んでいると、「輸入県」という言葉があった。要は、何をするにも県内の業者では技術力などがないので、都会の業者を使わざるを得ない。したがって、地元にカネを落とそうとしても、落とせないということだ。かつて、ある史料集を購入したとき、ワードか何かで作ったものを印刷した本があったが、文字の高さはガタガタだし、製本も良くないなと思ったが、おそらく技術力のない地元の印刷屋を使わざるを得なかったという事情があったのだろう。

・仕事が少ない → 若者が減る
・老人が多い → 医療費などの増大
・電車・バスの利用者が少ない → 運行回数の減少または廃止

 つまり、田舎は「負のスパイラル」に入っていくのだが、これを再生させるのは至難の技だ。わずかな成功例を挙げて、「お前たちも知恵を出せ」というのは酷であろう。それゆえ、田舎の自治体は「陳情」ということで、政府に交渉し「補助金」などを要求する。それも限界だろう。

あくまで個人の感想であって、誰がどこに住もうが勝手であって、本人が快適だと思えば、それはそれで結構なことなので、誤解がないようにお願いします。私の親も喜んで住んでいます。

 私は歴史を勉強しているので、こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、財政が厳しいといいながらも、気前良く博物館、美術館、図書館を新しく建設したり、誰も読まないような豪華な自治体史を刊行するところがあるのだが、もう曲がり角に来ているのだろう。「止めろ」とは言わないが(私はその自治体とは関係ないので)、創意工夫が必要だ。

 一生活者になると、自治体史刊行の予算には、驚きを禁じ得ない。普通、自治体史は本文編と史料編で5~10冊程度になる。値段も1冊あたり5,000円前後になる。高い。しかし、出版社が刊行する専門書や史料集は、7・8,000円~1万円台後半くらいするので安いともいえるが、それは自治体が原価に近い額で売っているからだろう。その差額は税金だ。

 古代の通史は同一県内ならば、市町村レベルではさほど変わりはない(中世も)。また、古代・中世史料編は、県史の史料編が刊行されていれば、市町村レベルでは重複していることがほとんどだ(近世以降はキリがない)。

 個人的には、次のようにしてはどうかと思っている。

・もう自治体史の刊行は止める(都道府県レベルは除く)。出しても、1冊で収まるようなコンパクトなものにする。
・広報誌にわかりやすい読み物を連載し、連載終了後に安価で本として刊行する。
・同時に最新の成果を提供すべく『~市の歴史』のような専門誌を年1回程度刊行し、印刷製本するのでなく、PDFで提供する(無駄な在庫を抱えない)。
・史料集などの刊行も随時行い、PDFか簡易印刷で我慢する。

 今でも予算の削減は続いているが、自治体史刊行の問題は刊行後に継続性がないことだ。編纂室が閉じられ、継続性が担保されないことが多い。自治体史の在庫が倉庫に山ほどあって、頭を抱えているところも少なくない。経費の無駄を避けながら、細く長く継続的に続けることが重要と思うのだが・・・。要は、従来型の「豪華版」という考え方は捨てるべきだろう。


↑ 別に自治体史を刊行するのは自由で、私の私見ですので、適当に無視してください。

2014年11月26・27日 昔はむちゃくちゃだった⑫

 晴れ。昨日は寒くて凍死しそうになり、「死」の一文字が脳裏をよぎったが、何とか回避された。ただ、連日のように気温差があると、肉体へのダメージが非常に多い。しようがないが。

 昔はむちゃくちゃだった⑫である。

 私が学生の頃、大学はむちゃくちゃだった。

 教職科目で「哲学概論」という授業があったが、受講生は相当いるはずなのだが、出席しているのはほとんど0であった。暮れも押し迫った年内最後の授業で、私が初めて(?)教室に足を運ぶと、誰もいない教室で教授がたんたんと講義をしていた。恐ろしくなって帰ったことがある。みんな早めに帰省していたのだ。

 こんなことは、別に珍しいことではない。私が勤めていた大学では、3,000人前後の受講生がいる授業も珍しくなかった。ただ、実際に教室に来るのは、100人前後とか。その共通点は、①試験が教科書持ち込み可能であること、②試験を受ければ(受けなくても???)必ず通ること、であろう。要するに、教科書の一部を丸写しすれば、100%合格ということだ。先生のほうは、教科書が売れるので大儲けできる。双方ともにメリットのある形だった。

 毎年教科書を改定する者や、教科書に独自の出席票をつけたり、ガメツイ人がいるのも事実だ。

 逆に厳しい授業もあり、むちゃくちゃ勉強しても「可」で通るのがせいぜいという、ヘンテコな科目もあった。

 考えてみると、「代返」と称して友達にお願いしたり、返事をしたあとにこっそり教室の後ろから抜け出すものもいたな。自分は授業に出ないくせして、友達に講義ノートをコピーさせろと迫り、断られると「ケチだ!」と罵る不条理なこともあった(おかしいだろ???)。そういえば、「講義ノート屋」というのが繁盛していましたな。

 勝手に休講する先生も珍しくなく、マジメな学生が「授業をしろ!」と抗議しても、それは揉み消しされるのが普通だった。まあ、授業料泥棒であり、今は絶対に許されないだろう。ちなみに当時、パワハラ、セクハラの類も多くは揉み消されることが多く、学校当局に申し出ても対処してくれなかった。今や隔世の感がある。

 学生さんに申しあげたいことは、理不尽な扱いを受けた場合(セクハラ、パワハラなど)は、即座に学校当局に申し出るか、外部の適当な機関に相談することだ。決して泣き寝入りする必要はない。

2014年11月25日 高倉健伝説

 曇りのち雨。さあ、今日もがんばろう。

 先週、高倉健さんの訃報が広まると、テレビでは追悼番組や出演映画が立て続けに放映された。世間的には、「誠実な男の中の男」というイメージが強く、人気が高い。何より、ほぼ映画にしか出演せず、プライベートが知られていないというのが、いっそう効果をもたらしているのだろう。それにしても、関係者にインタビューをすると、すべてが賞賛の言葉ばかりで、こんな人いるのかというほど良い人だ。

 私は、さすがに昔の仁侠映画こそ見ていないが(父の世代は仁侠映画)、やはりいくつかの映画は記憶に残っている。あまり評価はされていないが、角川映画全盛期の「野性の証明」も好きな映画だ。むしろ、80年代以降の市井の人を演じているのが、概して好評なのかもしれない。

 ところで、近現代史は史料が豊富にもかかわらず、逆にあまりに多すぎるのか、面倒なことが多い。今では、オーラルヒストリーも盛んに行われているし、当事者が回顧録を出版することも珍しくない。しかし、問題点も多い。たとえば、従軍慰安婦問題については、まさか当事者が嘘の証言をし、それをもとに本を出版するなんて、誰も思わないだろう(仮に、記憶違いなどがあったにしても)。どうしても性善説になってしまう。

 要するに、どの史料を使うかによって、まったく人物や事件の評価が異なるわけである。最近出たある本も、内容が問題視されているが、それは一方の当事者の言葉を鵜呑みにして、公平性を欠いているからである。人物や事件を見るとき、できるだけ多くの史料に接し、史料批判を行い、多角的に見ることが必要だ。

 私も自分で戦国の勉強をしているが、論文(みたいなもの)を書くときは、当たり前だが、一次史料に依拠する。二次史料は、参考程度の扱いになって、それを根拠とすることはほぼない。二次史料は、さっきの話ではないが、書かれた意図や成立の背景があり、どうしてもさまざまなバイアスがかかっている。たしかに、一次史料と符合する点が多ければ、「良質な二次史料」と評価できるかもしれない。しかし、一次史料で裏付けられない記述までも担保するものではない。

 したがって、ある二次史料を一次史料と符号する点が多いので良質な史料と評価し、一次史料と同等に扱うことには違和感がある。成立年が早い、遅いということも、さほど意味はなさない。「某家に伝わる由緒正しいもの」というのもあるが、それは某家を際立たせる記述が多いものだ。多くの学術論文で、ほとんど二次史料を用いないのは、そういう事情があるからだろう。

 ただ、通史的なものや一般書については、「断り」を入れたうえで、使わざるを得ない(というか、紹介せざるを得ない)。合戦の様子は軍記物語でしかわからないこともあるし、さまざな俗説的なものも(批判的に)取り上げざるを得ないだろう。そこが学術論文とは違うところだ。

 大河ドラマ『軍師官兵衛』批評を更新しました。こちら

 読みやすくする工夫の追加。

・5~8行程度で改行する。ただし、1・2行おきとか改行しすぎると、俳句みたいな本になってしまう。
・平仮名を多用する。漢字が多いと、抵抗感がある人もいるので。
・私はあまりやらないが、章の冒頭にサマリーをつけると、効果的なこともある。

 他にもあるのだが、また思い出したら。

2014年11月23・24日 文庫と新書の刊行準備

 晴れ。相変わらずドタバタとしており、落ち着かないところ。体の節々が痛く、ヘロヘロな状態であるが、これは仕方がないどころか。とにかくがんばるしかない。

 来年1月に文庫と新書が刊行されるので、準備を進めている。ありがたいことに、作業の工程が微妙にずれているので、大いに助かっている。一般書を書くときに心掛けているのは、わかりやすく書くこと。これは、編集者の方も同じ意見。自分でわかっていても、読んだ方にとって「意味不明」なことがある。そういうときは、もちろん手直しする。場合によっては、順番を入れ替えたり、不要な文章を削除することもある。

 ほかにも注意点がある。

・人名、地名などの固有名詞にルビをできるだけ振る。
・地名には、現在の市町村名を付ける。
・専門用語などを使うときは、ごく簡単に説明をする(長すぎると読者への負担が大きい)。
・同じく人が登場したら、簡単に説明する(~の家臣とか)。
・必要最小限になるが、理解を促すための地図や系図などをつける。
・史料は現代語訳・意訳する。
・参考文献をつける。

 こんなところであろうか。まあ、当たり前かもしれない・・・。校正者、校閲者、編集者の方には大感謝である。

 ちなみに、書籍のタイトルは、こちらから案を提示することもあるが、基本的には出版社で決める。幸いにして、センスあるものばかりで、ありがたいところだ。タイトルの決定権については、営業担当の影響力が大きいと聞く。やはり先頭に立って売り込むので、強い発言権があるとのこと。ま、いろいろですな。

 ところで、私なども気を付けているのが、告知の時期。だいたい出版社のHPに掲載されると、自分のブログやHPに書くようにしている。いちおう新製品の情報なので、私ごときであってもトップ・シークレットである。出版社のHPにタイトル、価格情報が掲載されれば、それで最終決定である。最近は早く掲載される傾向にあるようだ。

 以前、十数名の共著の形で出版する予定の本を企画したところ、噂を聞いた人が盛んに誹謗中傷する内容をSNSに書き込んでいた。まだ企画段階で出版されていないこともあり、そういうことは大変迷惑なので、お止めいただきたいものだ。本人は面白いかもしれないが、事前に情報が漏れたので、本当に不愉快で困っている。SNSは、世界中に情報発信されているからね。内輪話と次元が違う。

 今日は休みだったのか!? 知らなかったよ。休みが多すぎるんじゃない???

2014年11月22日 史跡見学会・忘年会のご案内〈12月20日(土)〉

☆史跡見学会・忘年会のご案内

 史跡見学会の忘年会を開催します。今年1年を振り返り、良い年が迎えられるよう、大いに飲みましょう!

日 時:2014年12月20日(土) 17:00
場 所:都内。集合場所やお店の詳細は改めてご案内します。
参加費:4,000円程度。1次会のみ。2次会はご自由に。
参加資格:なし。歴史好きな方ならどなたでも。
申込方法:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■は@)にご連絡ください(フルネームを教えてください)。お店の予約の関係上、12月13日(土)頃までにご連絡いただけると幸いです。


※今日は、埼玉へ行ってきます。

2014年11月21日 いよいよ衆議院解散

 晴れ。快晴。天気はいいが、寒い。

 ところで、いよいよ衆議院も解散。選挙費用は、約660億円に上るという。財政状況が厳しい中、選挙は不要との有権者の声も大きく、自民党の支持率は急落した。たしかに、ふざけるなという感じだ。660億円って、普通の人には想像がつかない額だからね。これを福祉や教育に回せば、どれだけの人が助かることか・・・。

 一方、前回の選挙で多くの政党が乱立したが、Mの党は党首の問題や路線をめぐって分裂し、ついに怒号が響く中で空中分解した。Sの党は選挙戦を悲観して、所属議員に「好きにしなさい」とのこと。いずれにしても、ちまたで言われているとおり、やはり「信任投票」になってしまうのか??? どうせ野党は共闘できないので、各地の選挙区で共倒れになるのだろう・・・。

 オレも解散したい!

 まあ、意味不明ですな。

2014年11月19・20日 速報『信長研究の最前線』(洋泉社)が4刷!!!

 おはよっす。

 さきほど洋泉社から連絡があり、なんと、

 『信長研究の最前線』(洋泉社)が4刷になりました!

 まあ、信じられない気持ちでいっぱいです。累計、なんと2万2000冊(これは信じられない数字です!)。とにかく本屋さんからはどんどん姿を消し、書棚に並べても並べても、じゃんじゃん売れているとのことです。アマゾンでも、入荷してはすぐに売り切れるの繰り返しだそうです。

 ということですので、お読みになりたい方は、すぐに本屋さんに走ってください!!!


 ↑は、売れ行き好調なのですが、『十六世紀史論叢』と『年報赤松氏研究』は、極めて厳しい状況です。どうか会を助けてください。よろしくお願いします。

 「ディア・シスター」を見て、やっぱり松下奈緒だな、と思った。別に意味はないが。

2014年11月17・18日 『十六世紀史論叢』と『年報赤松氏研究』

 晴れ。天気は良いものの、徐々に朝晩の寒さが身に沁みるようになった。前にも書いたが、「暑いのもダメだが、寒いのも身に堪える」というやつである・・・。

 ところで、表題の件。高い志から『十六世紀史論叢』と『年報赤松氏研究』を刊行したものの、買ってくれる人は少なく非常に厳しい。消費税増税に伴い、財布の紐がいっそう堅くなっているのは、もはや周知のことであり、歴史に関心がある人も同じだと思う。

 特に、ここ1・2ヵ月くらいは、申し込みが激減した。そこで、ここはなりふり構わず、ぜひご購読をお願い申し上げる次第です。公立・大学の図書館などの機関で、請求書、見積書、納品書などが必要な場合は、すべて用意しますので、伏してお願い申し上げます(そうしたところに勤務している方、お口添えをお願い申し上げます)

 私の書いたのは大したことないのですが、ほかは優れた論文ばかりですので、ぜひご購読をお願い申し上げます。特に、『年報赤松氏研究』3・4号は、在庫僅少です。

 ちなみに、寄贈しているのは国立国会図書館だけで(納本義務による)、いかなる高名な研究者であっても、タダで差し上げることはしておりません。また、いかなる権力者から「タダでくれ」と命じられても、決して権力には屈しません。
 

 大河ドラマ『軍師官兵衛』批評を更新しました。こちら

2014年11月16日 アベノミクスとナベノミクス

 晴れ。非常に良い天気で、ピクニックにでも行きたいところだが、そんな時間はない・・・。

 今朝の報道番組を見ていると、前政権の幹部が出演しており、さかんに「アベノミクスは失敗した」と連呼していた。周知のとおり、景気が良くなってきたのは、大企業の社員だけだ(給与、賞与のアップ)。中小、零細企業には恩恵はない。しかし、どこかのエコノミストが言っていたように、まず大企業が潤って、その恩恵が徐々に下請けである中小、零細企業に波及するのだろう。高校生・大学生の就職内定率も上向きで、むしろ中小・零細企業では「人手不足」らしいので、大成功までは言わなくても、まあマシになったのだろう。

 失敗したのは、前政権のほうだ。何もしなかったしね。どの口が言っているんだと思ったよ。

 ちなみに消費者物価の上昇率については、いわゆる特売品を加味しなくてはならないらしい。つまり、消費者は高いときは買わず(特に野菜とか)、安い代替品(特売品)を購入するか、激安スーパーへ行って、バッタ物を購入するのだ。そう考えると、消費者物価はさほど上がっていないとのこと。やはり、政府の統計は役に立たない。中小・零細ほど安値を維持してがんばっているようだ。

 ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン先生によると、今年、日本が消費税を5%から8%に上げたのは失敗だったらしい。景気の上昇をしっかりと確認してからすべきだったとのこと。もちろん、10%への引き上げにも先生は反対だ。たしかにそうだろうと思う。消費税の10%引き上げを見送るのは、賢明な判断だろう。でも、解散までするなよな、という話。カネがかかるし。

 そんなこんなよりも、今、3食をまともに食えない子供がいることのほうが大問題だ。テレビで見ていて泣けてきた。子供には罪はないので、何とか対策を取ってほしいものだ。

 ところで、私の根本政策であるナベノミクスである。ナベノミクスの効果も、今年で間違いなく終わってしまう(確定済)。ナベノミクスとは、仕事をたくさんもらってきて、ブラック企業よろしく奴隷のように働くことである。奴隷のようになって、はじめて人間らしい生活ができるのだ(何か矛盾している???)。

 ということなので、書籍・雑誌への執筆、講演などがありましたら、遠慮なく依頼してください。よろしくお願い申し上げまする・・・。

2014年11月15日 ダメな著者

 晴れ。衆議院の解散が確実になったが、それにも増して気になるのが、年金の運用である。これまでの国債中心から、リスクの高い債権(株とか)を交えるらしい。今朝のNHKでは、「年金ゴロ」みたいな連中が出てきて、無責任なことを言っていたのだが、本当に大丈夫なのだろうが??? という疑念が残る。

 年金、雇用保険などの政府による運用は極めてデタラメで、これまで信じがたいほどの損失を出したのは周知のとおりだ。また、余剰資金(景気が良い頃の話)で各地に宿泊施設やどうでもいい施設を次々と建設し、ヤバくなると「1円」で販売したりと、数々のデタラメを行ったのも記憶に新しい(誰も責任を取らない)。

 ついでにいうと、天下り先となる特殊法人を「一つ潰しては、一つ作る」というまやかし的な手法で温存し、官僚OBの豊かな生活を支え続けた側面がある。どの政党も口を揃えて批判していたが、結局改善することは出来なかった。なんだか「日刊ゲンダイ」みたいになってきたが、不安なのはたしかだ。

 ところで、作家生活が長くなると、出版社の編集者と接する機会が増え、いろいろな話をうかがうことになる。以下、自分への戒めとして、「ダメな著者」の例を挙げておきたい。

 その1 文章が信じがたいほどヘタクソである。

 ウソのような話であるが、「てにをは」のレベルではなく、何を書いているのかわからないという例があるらしい。そういうときは、編集者が全面的に手を入れざるを得ないので、多大な労力がかかる。

 その2 間違いや読みづらさがあっても修正を拒む。

 明らかな間違い、または意味がとりづらい箇所について修正を依頼しても、一切の修正を拒む例があるらしい。特に、小説家に多いと聞いた。

 その3 やたらと細かい要求がある。

 表紙のデザイン、活字の書体、写真や図版などにやたらと細かい要求があり、嫌になることがあるらしい。要求内容によっては、余計な費用がかかることもあり、困惑するそうだ。

 その4 結局は売れない。

 編集者も著者も、これが一番つらいだろう。仮に、上記の1~3に該当しても、たくさん売れれば何も問題はないんだな。売れないから、編集者にも腹立たしさが残るわけだ。

 ちなみに私もヘマをするので、「すみません。私みたいにひどいのはいないでしょう・・・」と謝ると、「渡邊さんはマシなほうです!」といわれるのだが、いずれにしてもダメな部類にはいるようだ。もっとも編集者の方も、土井たか子じゃあるまいし「ダメなものはダメ」とはっきりといいにくいだろうが・・・。


 続き。

 一番困るのは、いわゆる「自己チュー」な著者とのことだ。むろん、上のケースともかぶってくるが、「早く刊行しろ!」とか「早く編集作業しろ!」とかいう人もいるらしいが、編集者の方も別にその著者の本ばかり作っているのではなく、ほかの本も作っている。当然といえば当然で、相手がいることを忘れてはいけない。

 また編集者の予定だけでなく、印刷所、デザイン関係、校正・校閲者の手配もある。それゆえ編集スケジュールも、勝手に決めることができない。刊行スケジュールも同じで、月間にどれだけ本を出すのかとか、他のジャンルとの兼ね合い(歴史の本ばかりだと具合が悪いとか)などを考慮しなくてはならない。

 ほかの仕事でも同じだが、自分のことばかり主張するのはダメだ。

 もし、出版社に不満があればどうすればよいのか? それは、自費出版することだ! 自費出版なら、ほぼ自分の思うようにできるはずだ。ただ、販売面などで、非常に苦労すると思うが。

2014年11月14日 ダメ「人間の証明」

 晴れ。忙しいが、がんばるしかない。

 人生経験がさほどあるわけではないが、無能な人間(ダメ人間)を見ていると、いくつかの共通点があるので、自分への戒めも込めて書き残しておきたい。

・基本的に根性がない。
・チャレンジ精神がない。
・大言壮語するが、実行力がまったく伴わない。
・人の悪口ばかりいうが、自分は何もしない。
・「時間がない」など、すぐに言い訳をする。
・とろい。仕事が遅い。
・締め切り(時間)が守れない。
・積極的な姿勢がなく、常に受身である。
・自分が悪くても、すぐに人のせいにする。
・無能なくせに威張る。
・弱い者をイジメ、強い者に媚びる(ただ、陰で強い者の悪口を言う)。
・メシをたくさん食う(そのあと仕事が出来ない)。

 ところで、例の一件については、関係者といろいろと話し合ったが、もはや大変な事態になっているようで、まったく手の施しようがなく、もう無視することにした。仕方がないところだ。


 本当にあった、嘘のような話。

 昔、あるところに勤めていた時の本当にあった、嘘のような話。

 その1

 証明書がほしいという学生が来たので、「この記入要領を見て、申込書に書いてください」といったところ、その学生は記入要領に書かれた架空の氏名・住所を丸写しして提出してきた。

 その2

 履修登録票を提出するため、学生が事務室に行列を作っていたのであるが、並んでいたある学生の番が回ってきたとき、「なんで並んでいるのですか?」と聞かれた。

 その3

 前期試験の時間割表を掲示すると、ある学生が血相を抱えて窓口にやってきて、「夏休みは実家でゆっくりと過ごしたいので、試験を早くしてくれませんか?」といわれた。

 その4

 レポートを受け取った際、学生証と氏名を照合すると、違う名前が記入されていた。「誰の名前ですか?」と尋ねると、「お父さんの名前です」と答えたが、なぜお父さんの名前なのかわからない。

 その5

 定期試験のときに、学生証、筆記用具それに財布も忘れたという学生がいた。いったい何しに来たのであろうか?

 今となっては、懐かしい話である・・・。

2014年11月12・13日 暑いのも困るが寒いのも嫌だ

 晴れ。ここ数日、冷え込みが厳しくなった。連日、最高気温が20度を下回っている。

 過日の市川市の広報によると、市内在住の芸術家の方が市川市の名誉市民に選ばれていた。物書きの場合は、とりあえず100冊書けば、名誉市民になれるらしい??? ところが非常に残念なことに、市川市民でも私の存在を知る方は少ない。赤松氏の研究をしているが、兵庫県に住んでいないので、表彰される可能性は0だ。かといって、今さら兵庫県に戻る気はまったくなく、千葉県の研究をしようとも思わない(別に表彰を希望しているわけでないが)。

 同年代のある編集者の方とのメールのやり取りで、「暑いのも困るが寒いのも嫌だ」という感想をいただいた。同感である。暑ければ冷房をつけ、寒ければ暖房をつければよいとの問題ではない。暑さ寒さが体力とやる気を奪っていくのだ。1年を通して、春・秋のような気候が続けばよいが、そんなわけにはいかない。

 ここ数日、校正などで多忙さが増してきた。ブレーキの壊れた自転車で、坂道を下っている感じだ。この先、ストップが許されず、辛うじてハンドルさばきで衝突を避けているが、いつかはどこかにぶつかって、悲惨な最期を遂げるのだろうか? 沖雅也の「涅槃で待つ」という言葉が重たく響いてくる。

 続き。

 今日、文庫の校正が届き、明日は新書の校正が届く。新書は突発的なお話であったが、実にうれしかった。もちろん、文庫も無理を聞いていただいたので、大変ありがたい。なぜかというと、これで何とか年を越せそうだということだ。まあ、餅代が出るということになろう。しかし、このままではジリ貧で、まさしく「ブラック企業の社員」のごとく、馬車馬のように働かなくてはならない。でないと、来年の夏ごろには餓死が確実だ。

 ところで、衆議院は解散するらしい。選挙には多大な税金がかかるので止めてほしいところであるが、一体どう考えているのだろうか? 前政権の政党の幹事長は、「この2年間、現政権は何もしてこなかった」と言っていたが、「テメエの政権のときは、もっとひどかっただろう」と思うと誠に腹立たしく、「どの口が言っているんだと」という思いに駆られた。特に、3人の首相のうち2人は最悪で、非常に不愉快な思いをした。

 ちなみに、前回、投票した某政党は、「既得権打破」どころか、与党にすり寄る個人の私的な政党で辟易とした。しょせんは世襲の金権体質だ。まあ、なんて人を見る目がないことかと情けない気持ちになる。

 じゃあ、どんな人がよいのか? いっそのこと、江頭2:50にやらせてみたらどうだろうか???

2014年11月11日 必要なものは必要という話

 曇りときどき雨。今日はカレーうどん。おいしゅうございました。

 ボンビーではあるものの、必要なものは必要である。たとえば、何とか食事くらいは摂りたいものである。我慢できないものの一つだ。風呂にも入りたいし、洗濯もしなくてはならない。みずぼらしくならない程度に、衣服も必要だ。いくら我慢だといっても、以上のことは必要ということになろう。問題は、どこまでカネをかけるかということ。それは、個々人の財力によるといえよう。

 ただ、あまりに安物を購入すると、ガッカリすることがある。たとえば、安い靴下を買って、すぐにゴムがダメになってしまったり、などはよくあることだ。家電製品でも、安いものを買って、必要な機能がついていなくてガッカリすることがある。ある程度、納得するには、「安いもの」ではなく、「自分が気に入ったものを買う」のが一番良い。もちろん、懐と相談しながらだが・・・。

 仕事関係は、容赦なしだ。できるだけ本は購入するが、あまりにも高かったり、入手困難であったり、該当箇所があまりに少なければ、コピーという選択肢もある。

 酒も同じで、やはり激安ではなく、せめて焼酎くらいは甲類は避け、風味豊かな芋、米、麦などから選びたいものだ。ただ、焼酎は悪魔の飲み物だ。ビールのように、「何本飲んだ」という感覚がなくなり、悲惨なこともままある。亡父はカロリーの問題などから「焼酎は体に良いんだ!」と意味不明なことを口走っていたが、飲みすぎは体に悪い(酒飲みの理論的な支柱か???)。

 本音を言えば、居酒屋も激安のチェーン店ではなく、個人経営の店(安い大衆的なところに変わりないが)に行きたいものだ(「アド街ック」に出てくる下町的な感じ)。考えてみると、一人飲みは自宅ばかりで、居酒屋に行かなくなったなあ・・・。

 要は、バランス感覚が重要ということになろうが、秋風が吹きすさぶ中、懐も実に寂しい。

 ということですので、しつこいですが、原稿・講演などの依頼は大歓迎です。

 よろしくお願い申し上げます。

2014年11月8~10日 羽生選手

 晴れ。8日(土)の日本家系図学会での講演は、無事に終了しました。当日、聴講いただきました皆様には、厚くお礼を申し上げる次第です。

 今朝のニュースは、錦織選手と羽生選手の話題で持ち切りだった。錦織選手の選手は快挙であるが、怪我をしながらも演技をした羽生選手の根性にも日本は沸いた。一部で「休ませたら?」との批判があったものの、まあそれは羽生選手の判断であるし勝手なので、他人がとやかく言う筋合いではないだろう。いずれにしても、何度も転倒しながら、演技を最後まで頑張り、2位になったのだから大したものだ。やはり、男も女も根性がないとダメだ。

 しかし、これは羽生選手だから、日本中が称賛するのだろう。

 たとえば、私が自宅で酒を飲み、転んでタンスで頭を打って、流血しながら原稿を書いても、誰も称賛しないだろう(というか、そういう事実は報道されない???)。おそらく「飲みすぎてバカじゃないの?」と罵られることが必至だ。

 それにしても忙しい。いろいろな話が一気に転がりだし、もうめちゃくちゃになってしまった。とにかくがんばるしかない。ただ、自分で勝手に「忙しい」と言っているだけで、官兵衛が今年終わると、来年は実に厳しい。

 ですので、

 原稿・講演などの依頼は、大歓迎です!

よろしくお願い申し上げます!


 大河ドラマ『軍師官兵衛』批評を更新しました。こちら

 情けない話であるが、昼は天ぷらうどんを食べた。この天ぷら(掻揚げ)は非常に大きく、半分に切ってうどんに乗せるべきであった。しかし、まるまる一個乗せてしまったので、腹がいっぱいになり、午後は胃がもたれて苦しかった。学習能力の無い、情けないオヤジである(もう何度も経験している)。反省ザルよりも知的レベルが低く、これから毎日、羽生選手のツメの垢どころか、ツメごと食べないといけないですな。

 疲れました。もう書けません・・・。まるで生き地獄です・・・。でも、自分から飛び込んだ地獄です。タイガーマスクが虎の穴に行ったようなものです。もう死ぬまで抜けられません。抜けたら、「カムイ伝」の抜け忍のように死ぬまで追い詰められます???

 おそらく、このまま近いうちに、このマンションで孤独死するのでしょうな。

 早く再婚相手を見つけて、葬式くらい出してもらわんと・・・。

2014年11月7日 希望のない社会

 晴れ。今日は再度、講演の準備に充てる。さあ、明日は頑張ろう!

 ところで、昨日も申し上げたとおり、派遣法が改正されると、ますます日本の貧困が拡大する。これは、何とか阻止しなくては思う。既得権益のある人(中高年層)を救うようなものだ。本来、雇用の流動化は、ある意味で望ましいものだ。ブラック企業の問題や成果主義の問題があるものの、家族や経済的な問題などから「止めたくても止められない人」が多いのも事実である。

 一度、正社員を辞めると、2度と正社員になれないからだ。

 識者の言葉によると、成果主義は雇用の流動化とセットとのことだ。成果主義を導入している欧米では、評価が下位の20%の人員を絶えず入れ替えることによって成り立っている。また、評価が気に入らない人は、たとえ中上位に位置していても、辞めて新しい仕事を探す。日本では中途半端に終身雇用的な要素が色濃く残っているので、雇用の流動化が進まない。これは、ブラック企業に勤めた場合でも同じだ。続く・・・。


 続き・・・。

 たとえば、先日ある方と話をしたのだが、われわれと近しい司書、学芸員なども、もはや有名無実となっている。資格は取れるのだが、正職員になれる確率が低すぎる。最近は、指定管理制度が浸透しているので、とりあえずそうしたところに就職(ほぼ非常勤)することになる。もちろん、直接雇用されることもあるが、いずれにしても、非常勤が大半であることに変わりない。

 図書館などでは、管理職以外はほぼ非常勤ということも珍しくない。博物館なども同じ。せっかく専門知識を得るべく、大学院などで勉強しても、まったく生かされることはない。希望が持てない。

 そうした資格が取れる大学でも、図書館や博物館勤務の職員は、ほとんど非常勤である。大学史の編纂の部署も、ほとんど非常勤である。今は専門職よりも、使いまわしのきく人材が好まれる。それは、行政も同じ。

 この国では専門的知識を身に付けても、結局は何の役にも立たないのかもしれない。

2014年11月6日 やや回復

 晴れ。体は回復傾向。もう年ですけん、無理はできまへんな。とにかく、シコシコと原稿執筆に勤しむ。「北斗の拳」でいうならば、回復したラオウが、腕試しにコウリュウ(リュウケンの同門)と戦うようなものですな。

 私と同じくらいの年の人に聞くと、「なにげに疲れて、気力が湧いてこない」という人が少なくない。別に酒を飲みまくっているとか、飯を食いまくっていなくても、何となくダメなときがあるのだ(もちろん病気でなくても)。「怠け病」あるいは性根が入っていないのか不明であるが、そういう年頃でもあるようだ???

 いずれにしても、あーだ、こーだと言っている暇はなく、とにかくがんばるしかない・・・。

 私の母校(2つ)が、周年事業をしており、「寄付を」ということであった。しかし、周知のとおり、寄付してほしいのはこちらのほうで、ごめんなさいとしか申し上げようがない。ちなみに、両校とも財政状況は極めて良好で、教職員の給与水準も、民間の上場企業をはるかに超えている。したがって、お金が必要だったら、教職員の給与水準を民間企業の水準に下げればよいだけの話である。

 問題は在学生で、ボンビーな人である。絶対に寄付をしなくてはいけないのだろうか? 答えは「ノー」である。寄付はあくまで任意のものであり、文部科学省もその旨の周知を徹底するように、各校に厳命している。

 また、「寄付をしないと、子供が不利な扱いをされるのでは?」と思われる親御さんもいると思うが、そんなことはありえない。寄付状況を成績に反映させるとかは絶対にないし、だいたいそんな暇な大学はないはずだ(そんな大学があったら、さっさとやめたほうがよい)。なので、ご自分の生活を犠牲にする必要はない。

 別に「寄付するな」と言っているのではない。したい人は、好きなだけやったらよい。止めはしない。もちろんボンビーな人も「借金してでも寄附したい」という人がいれば、それも自由である。


 映画が好きなので、よく見るのであるが、最近の近未来もののトレンドの一つとして、「ボンビー人 対 金持ち」という構図がある。一握りの大金持ちが豪華な生活を送り、多数のボンビー人が悲惨な極貧生活を送るというものである。そして、ボンビー人が一致団結して、金持ちに対抗するというストーリーだ。最初はおもしろかったが、似たようなストーリーが多いので、だんだん食傷気味になったが・・・。

 実は、日本でも貧富の格差が進行しているが、新しい派遣法が成立すると、いよいよその格差はいっそう拡大することになる。一握りの正社員が富を握り、派遣社員に転落した人は、死ぬまでボンビーということになろう。なので、既得権益で正社員にとっては、ラッキーということになろう。

2014年11月5日 やっぱりダメだ

 曇り。相変わらず体調は戻らず、ヘロヘロな状態。昨日は一仕事を終えたが、ほっと一息つく間もなく、再び書くしかない。ちょうど「北斗の拳」でいえば、ケンシロウと一戦交えたラオウが回復を期しているような感じか?まあ、がんばるしかない・・・。

 コラム「黒田官兵衛の虚実に迫る!」を更新しました。こちら

 大河ドラマ『軍師官兵衛』批評を更新しました。こちら


 ある芥川賞作家が貧困で生活が大変だと知って、非常に驚いた。なんと貯金もないとか??? たしかに、われわれの仕事は、「やった分しかもらえない」。当たり前だが、仕事は選べない。基本的に全部OKである。

 芥川賞・直木賞を受賞すると、少なくともその年は数千万の稼ぎがあるらしい。しかし、それは将来が保障されたものではない。あとは、やはり実力次第。消えていく人も少なくないそうだ。そうそう、芸能人と同じですな。

 人のことはどうでもいいのだが、自分のことが心配じゃ!


 食欲がなかったので、夜はカップラーメンを久しぶりに食べた。しかし、これはいけんかった。やはり、味が濃いし、かなり胃にこたえる。これなら、うどんやそばの麺をゆがいて、ダシ汁を加えて食べたほうがましだった(きつねうどんかきつねそばがよかばってん)。いかん、いかん。もう年ですけん、野菜を中心の食生活にせんと。

2014年11月4日 全然ダメだ

 晴れ。今日くらいは、外へピクニックにもで行きたいところだが、そんな自殺行為はできない。相変わらず疲れが抜けず、ヘロヘロな状態。いったいどうなっているのだろうか? 性根が入っていないとしか言わざるを得ない。

 ところで、下記のとおり、拙稿が刊行されました。

・拙稿「家康は最初、豊臣家滅亡を望まなかった?(ほか)」『歴史街道』12月号

・拙稿「天正年間における蜂須賀氏の阿波支配」『皇學館論叢』278号


 前者は書店に並んでいますので、ぜひ手にお取りください。「真田信繁と冬の陣」という特集が組まれており、大変興味深い内容になっています。定価は、税込で648円です。

 後者は書店に売っていません。手元には抜き刷りがあるのですが、送るのが面倒くさくてというか、時間がなくて・・・(ほかにも送らなくてはならないものがある)。すいません。でも、蜂須賀氏の研究している人は少ないので、ほとんど関心はないと思います。いつもの何とかというヤツです。


 それにしても、相変わらずダメダメで調子がイマイチ。昼ご飯は、小ライス、納豆、漬物、味噌汁という粗末なもの。夜はすでに準備していて、肉抜きの豚汁(?)の予定。午後からも執筆は決死モードで、原稿整理にまい進せざるを得ないところ。「四の五の言わずに一仕事」ということになろう。

 ところで、正式に『信長研究の最前線』(洋泉社歴史新書y)の3刷通知が来ました。読売新聞、サンデー毎日にも取り上げられました。とにかく本屋さんに走ってください。


 あへあへ~。

2014年11月3日 やはり疲れが抜けない(市川市制80周年。おめでとう!)

 曇り。雨の予報であったが。相変わらず疲れが抜けないので、今日も箇条書きで。

・今日は市川市制80周年。おめでとうございまする。

・昨日は、マンションのエレベーターで、「この前、ケーブルテレビに出てませんでしたか?」と若い女性に声をかけていただいた。おまけに「がんばってください」と励ましの言葉をいただいた。うれしかった。しかし、うしろからご主人と思しき男性と子供がいたようだ。

・遠いところへ行くと、なぜか疲れる。やっぱり家が一番だが、そんな呑気なことは言ってられない。

・昔は、疲れると腹いっぱい食べると復活したが、今は逆。お粥でも食って寝たほうがいいようだ。

・最近は「おうち好き好き」で、引き籠り生活がすっかり身についた。

・宮沢りえを久しぶりに見たが、すっかり老けたなと思い、大変驚愕した。

・やっぱり松下奈緒だなと思う。

・今日もやらねばならないことがたくさんある。

・とにかくがんばろう!!!

 とりあえず、こんなところで。

 続き。

・『信長研究の最前線』(洋泉社 歴史新書y)がなんと3刷りになりました!

・節系ラーメンを食べておいしかったのですが、やはり胃にこたえました。

・来年1月刊行予定の新書の概要がほぼ固まりました。

・今からまた仕事です。

2014年10月30日~11月2日 とにかく疲れました

 とにかく疲れました。疲れたので、以下、箇条書きで。

・11月1日(土)の岡山市立中央図書館の講演会は、無事に終了いたしました。

・当日、聴講いただいた皆様、誠にありがとうございました。

・拙著をご購読いただき、サインを求めてくださった方には、厚くお礼を申し上げます。

・帰りの岡山駅までは、聴講者の方に送っていただきました。本当にありがとうございました。

・今日は図書館へ行って、本を借り出してきました(今日が取り置きの期限でした)。

・また「やよい軒」で、カキフライ定食を食べました。

・バンツと靴下を買いました。

 もう寝ます。
プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
193位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
34位
アクセスランキングを見る>>
リンク
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新の記事
無料カウンター