2016年7月16日 パンの思いで

 昨晩は猛烈に寒かったですね。スーパーに入ったとき、そのまま凍死するのかと思いました。今日は普通くらいで、明日は暑いそうなので、体調には気を付けてくださいね。

 今日の昼食は、ハムカツサンドとやきそばサンドでした。あと、コーヒーと牛乳。以前はご飯を炊いたりしていましたが、0.5合でも多いです。これくらいの量が一番ですね。

 横浜市の戸塚小学校の頃は給食でしたが、小学2年生から三木市の平田小学校にかわると、弁当になりました。以後、高校を卒業するまで、給食はなかったです。

 当時、コンビニはなかったので、弁当が持参できない子供は、小学校でパンを買いました。先生が配布するわら半紙(茶色いざらざらの紙)の注文票を受け取り、何がいくつ必要かを記入します。今から考えると、子供お金を持たせるのは危険だったかもしれませんね。

 メニューは、カレーパン、アンパン(以上、揚げパン)、サンドウィッチ、ハンバーガーなどがあったように記憶しています(ジャムパンとかあったかしら)。前者2つは、55円だったかな。後者2つは100円くらいだったでしょうかね。現金と引き換えです。昔ということありますが、安かったのですね。歯の抜けたおじさんが売りに来ていました。小学校の近くには小さな商店があり、足りなかったらそこへパンを買いに行っていました(もう店は消滅している)。おおらかな時代だったのです。

 いくつか余分を持ってきていたので、弁当だけで足りない子供はパンを買っておりました。ハンバーガーのハンバーグは今から考えると、肉(何肉でもいいのですが)100%ではなかったように思います。でも、うまかったように記憶しています。今は平田小学校も給食に変わったのでしょうか?

 パンを食いながら、昔を思い出しました。昔を思い出すということは、死期が近いのかもしれません。
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Re: パンの注文

平田小学校は、先生が電話していたと思います。

パンの注文

てるてる家族、そういう場面がありました。学校からパン屋は伝書鳩を使い、電話なしで配達してました。
プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
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