2016年7月17~19日 関ヶ原合戦と高校の食堂の思いで

 今日もまた熱いですね。どうか体調に気を付けてください。17日(日)午前中に出掛けたところがあり、夕方からは夏祭りに奔走して、大変疲れてしまいました。祭りのときは、わずか1本のビールしか飲めず、家に帰ってからすぐに寝てしまいました。よほど疲労困憊していたのか、18日(月)は8時半ごろ起床。もはや死期が近づいているように感じています。

 現在、関ヶ原合戦をめぐる論文を書いております。新発見(と、勝手に考えている)もあり、少しは有意義なものになりそうです(と、勝手に考えている)。新しい史料もありました(別の人が発見しましたが)。こういうのは、いざ出来上がってみると、がっかりすることが多く、ほとんどの場合は校正中に気付きます。手遅れですが。

 ところで、高校のときも弁当でした。しかし、母はパートの仕事が忙しく、ほぼ毎日、食堂を利用しておりました。予算は、1日ワンコインでした。今考えると、我が家はブルジョアの家庭だったのかと???

 当時の食堂は、おそらく業者委託だったのでしょう。パートのおばちゃんが調理をしておりました。値段は、せいぜい200円~300円台だったように記憶しています。パンも販売しておりましたが、そっちはおやつ替わりで、メインになることはありませんでした。食堂のメシはそんなにうまいものではなかったですが、懐かしい味であります。

 メニューは日替わり定食のほか、カレーや焼きそばなど。そんなに豊富ではありません。定食は大盛もありましたが、カレーとうどんといった組み合わせでいただいておりました。当然、午後は眠くなり、自主的に睡眠学習をしておりました。メシばかり食って、クソばかり垂れる、生産性のない人間でした。

 食堂のおばちゃんとは仲良くしていましたが、今でもそうした雰囲気はあるのでしょうか? かつては個人経営の小さな業者が食堂を運営していましたが、今やどこでも巨大資本の外食産業が入っていると聞いております。おそらくチェーン展開すると、一度に大量仕入れなどが可能になり、コストが下がるので、提供する価格も安くなるのでしょう。

 そういえば、街角から個人経営の店が徐々になくなり、チェーン店が増えてきました。どの街に行っても、おなじみの外食の看板で満ち溢れています。これが現実なのかもしれません。

 昭和は遠くなりにけりですな・・・。
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プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
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