2014年3月27日 思ったようにならないものだ

 やや小雨模様。今日はこんな感じらしい・・・。

 日曜日に『十六世紀史論叢』3号が発行され、自宅に届いたものの、なかなか問い合わせなどがこない。もちろん、バックナンバーについても同じ。『年報赤松氏研究』3~5号のバックナンバーもあるが(3・4号は在庫僅少)、こちらも問い合わせがほとんどない。これだけ学会誌や研究誌が増えると、すべてを買うわけにはいかない。

 また、研究も細分化しており、文化史の人はあまり政治史の研究に関心がないかもしれないし、その逆もあるわけだ。昨今の経済情勢を見ると、各研究者(特に非正規雇用)の懐事情も大いに関係しよう。かといって、タダで配りまくるわけにはいかない。寄贈しているのは、国立国会図書館のみである。ほかは、買ってもらっている(追記:史学会にも『史学雑誌 回顧と展望号』用に1冊謹呈している)

 ただ言えることは、在庫がなくなったら増刷しないということである。


 お願いします。『十六世紀史論叢』と『年報赤松氏研究』をご購読ください。

 なお、私が『十六世紀史論叢』と『年報赤松氏研究』を売って、金儲けしているという噂がありますが、金儲けできるわけがありません。大きな誤解です。現実には、帳尻を合わせるのがやっとです。

 先日、書店に行くとある論集が刊行されており、赤松氏や浦上氏にかかわる論考も掲載されていた。いちおう読んだのであるが、私の書いたものは参考文献に挙がっていなかった。私の実力はこんなものかと落胆した。しかたがない。兵庫県の方は、私のことを知らない。いつぞや、兵庫県内のある機関で史料をみせてもらったが、担当の方は私が赤松氏を勉強していることを知らなかった。また、地元の赤松氏に詳しいという人も、私のことを全然知らなかった。しょうがない。

 ずっと前、飲み屋で聞いた話。とある研究者が一般書を書いたのだが、『史学雑誌』回顧と展望号に取り上げられず、また学会誌のレビューでも取り上げられなかったので、「オレの研究は無視された」と怒っているという。「えーっ」と思った。というのも、私は「専門書(論文集)・論文」と一般書はまったくの別物で、一般書を何十冊、何百冊、何千冊書いても、一切研究業績にカウントされないと思っているからだ。そんなに研究を評価してもらいたいなら、論文(論文集)を書くしかない。あれ、オイラは間違っているのかな???
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プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
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