2014年10月13日 昔はめちゃくちゃだった⑨

 曇り。午後から明日の朝にかけて大変な天気とのことなので、どうか用心してください。

 昔はめちゃくちゃだったは、ゴミの話。

 今は、ゴミの分別収集が主流になっている。燃えるごみ、燃えないごみ、空き缶、空き瓶、古紙などなど。瓶では色つきや透明か、缶ではアルミかスチールかでさらに細かく分かれているところもあろう。また、大型ゴミは有料が当たり前だし、テレビやパソコンなどは捨てることができない。ゴミ袋は、有料のところが多いはずだ。

 市川市では、まあまあリサイクルに力を入れている。何でも焼却炉の耐用年数の問題があって、当然、燃やすゴミの量が少なければ、焼却炉は長持ちする(焼却炉の建造は税金だからね)。ちなみに、市川市の焼却炉も耐用年数が来たようだが、修理してもう少し長く使うようだ。つまり、ゴミを捨てるのも負担を強いられるようになり、無料と言うわけにはいかなくなったのだ。自治体によっては、リサイクルセンターを設けて、資源の再利用を進めているようだ。

 ところで、昔はめちゃくちゃだったのである。

 だいたい分別回収はあったように記憶しているが(三木市の場合)、そんなに強制力のあるものではなく、極めて大雑把だったように思う。大型ゴミの回収日(無料)も、月のうち2回くらいあって、タンスみたいな大きなものから電化製品まで、何でも引き取ってくれた(拾って家に持って帰る人もいた)。ところが、いつの頃から、基準が厳しくなったという。また、間違ってゴミ収集日以外に出そうものなら、強烈に指弾されるとのことである。

 京都市は一番最悪で、2000年代に至っても、分別回収という概念はなかった。燃えるごみも燃えないごみも、缶も瓶もごちゃまぜだった。今は違うだろうが。

 学校の先生もむちゃくちゃだった。ちょうど中学生のときに公害について学んだのだが、教頭先生がなぜか古タイヤ(自分の車の?)を校内の焼却炉で燃やしていた。黒い噴煙がもくもくと立っていた。私と友人は勇気を振り絞って、公害のことなどを話し、良くないのではないかと申し出た。その教頭先生の答えは、

「地球は広いから、タイヤを燃やしても大丈夫だ」

 というものだった。もちろん、今なら大丈夫ではない。ちなみに、この教頭は相撲が大好きで、自力で勝手に運動場に土俵を作ったつわものである。誰も止めるべくもなかった。いちおう公害を教えてくれた先生に申し出ると、当然、教頭に叛旗を翻すべくもなく、「もみ消し」で終わった。よく考えると、こんないい加減でデタラメな教員がいたので、地球の温暖化が進んだのだろう!?

 昔はめちゃくちゃだったのだ。
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Re: No title

たしか、三木市出身の大相撲の皇司は、教頭の弟子です。
教頭には、偉大な功績があったのです。

No title

 教頭面白いですねーwwwwww
プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
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