2014年11月26・27日 昔はむちゃくちゃだった⑫

 晴れ。昨日は寒くて凍死しそうになり、「死」の一文字が脳裏をよぎったが、何とか回避された。ただ、連日のように気温差があると、肉体へのダメージが非常に多い。しようがないが。

 昔はむちゃくちゃだった⑫である。

 私が学生の頃、大学はむちゃくちゃだった。

 教職科目で「哲学概論」という授業があったが、受講生は相当いるはずなのだが、出席しているのはほとんど0であった。暮れも押し迫った年内最後の授業で、私が初めて(?)教室に足を運ぶと、誰もいない教室で教授がたんたんと講義をしていた。恐ろしくなって帰ったことがある。みんな早めに帰省していたのだ。

 こんなことは、別に珍しいことではない。私が勤めていた大学では、3,000人前後の受講生がいる授業も珍しくなかった。ただ、実際に教室に来るのは、100人前後とか。その共通点は、①試験が教科書持ち込み可能であること、②試験を受ければ(受けなくても???)必ず通ること、であろう。要するに、教科書の一部を丸写しすれば、100%合格ということだ。先生のほうは、教科書が売れるので大儲けできる。双方ともにメリットのある形だった。

 毎年教科書を改定する者や、教科書に独自の出席票をつけたり、ガメツイ人がいるのも事実だ。

 逆に厳しい授業もあり、むちゃくちゃ勉強しても「可」で通るのがせいぜいという、ヘンテコな科目もあった。

 考えてみると、「代返」と称して友達にお願いしたり、返事をしたあとにこっそり教室の後ろから抜け出すものもいたな。自分は授業に出ないくせして、友達に講義ノートをコピーさせろと迫り、断られると「ケチだ!」と罵る不条理なこともあった(おかしいだろ???)。そういえば、「講義ノート屋」というのが繁盛していましたな。

 勝手に休講する先生も珍しくなく、マジメな学生が「授業をしろ!」と抗議しても、それは揉み消しされるのが普通だった。まあ、授業料泥棒であり、今は絶対に許されないだろう。ちなみに当時、パワハラ、セクハラの類も多くは揉み消されることが多く、学校当局に申し出ても対処してくれなかった。今や隔世の感がある。

 学生さんに申しあげたいことは、理不尽な扱いを受けた場合(セクハラ、パワハラなど)は、即座に学校当局に申し出るか、外部の適当な機関に相談することだ。決して泣き寝入りする必要はない。
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Re: 学生街の「ノート」店

 講義ノートもいいのと悪いのとがあるらしく、悪かったら愚痴っていました。まあ、自分が勉強しないのに、勝手な話ですが・・・。

> 私は、チャペルアワーにはよく出席しました。

 私は出席しませんでしたね。「キリスト教学」には苦しめられました。友人は「キリスト教学Ⅱ」を受講しており、私は牧師にでもなるのかな、と思っていました。

学生街の「ノート」店

「講義ノート屋」ありましたね。ノート(原稿)を売りに来る学生は、真面目な人なのか何なのか??

私は、チャペルアワーにはよく出席しました。
プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
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