2015年3月31日 世の中は難しい

 晴れ。今日も暑いらしい。今日で3月は最後。明日からは新年度だ。

 私たちが小学生の頃からか、社会科で「プライバシー権」というのを習った。もはや説明は要しないだろう。今の個人情報に該当するようなことをしつこく尋ねたり、他人にペラペラしゃべるなよということになろうか。

 ただ、昔はおおらかだった。たとえば、学生募集で高校訪問をする際、その高校の卒業生で大学に入学した人をリストにし、先生から尋ねられるまでもなく、「卒業した貴校の●●君は、今年、警察官になりましたよ」みたいなことをペラペラしゃべるのである。その学生には、会ったこともないのに。そうすると、高校の先生は面倒見がいいのだと感心し、「よし、この大学に生徒を送り込もう」と考えるのだろう。

 しかし考えてみると、この場合ならば、人に就職先を知られたくないということになろう。

 実は、学生の就職活動の際、「尊敬する人」「好きな本」「親の職業」などを尋ねることも、誤解を招きかねないので、聞いてはいけないことになっている。海の向こうでは、性別や年齢さえも関係ないという。私が学生の頃は、石川啄木が好きだといっただけで、社会主義的な思想があるので、採用を控えようという事例があった。今では、お笑いに過ぎないかもしれないが、当時は深刻な問題だったのであろう。

 問題はまだある。現在、晩婚化や少子化が社会問題になっており、深刻化している。しかし、日常会話の中で、結婚のことや出産のことを話題にしてはならないという、暗黙のルールが存在する。結論は「早く結婚しよう」「子供を生もう」ということになり、それが問題視される。

 また、私の場合は日本史を勉強しているが、人に対して「なんで●●の研究をしているのですか?」ということも尋ねてはいけないと言われたことがある。失礼になるので。

 たしかに、個人的なことを根掘り葉掘り聞き出すというのは、感心しないことがある。世の中はいろいろと難しいのだが、このままだと無言社会になるのかもしれない。そういえば、経済人類学で無言交易ということを習ったなあと。

追伸

 ところが、狭いと言う事情もあって、田舎にはプライバシーはない。だだ漏れである。たとえば、子供が学校の帰りに駄菓子屋で買い食いをしても、家に帰ったらもうばれている。近所で見かけたおばさんが、子供の親に密告しているのだ。悪さをしたら、しっかりと報告され、筒抜けなのである。ああ、恐るべし・・・。

 ところが、これは悪気があって、ちくっているのではない。子供が悪くならないように配慮して、親に伝えているのである。そこが非常に重要なポイントである。なので、決して逆恨みしてはならないのである。

 現在は、相対主義的な考え方が浸透しているので、誰も「悪い」ということに対して、「悪い」とは絶対に言わない。言ったら、殺されることもままあるのでしょうがいない。「個人の自由だから、犯罪でなければ(法に触れなければ)、ほおっておけばよい」という考えもすっかり根付いた。恐ろしい時代なのかもしれない。

 今朝のニュースをみていると、「子供の声がやかましいので、新しい保育園を作るべきでない」とか「ベビー・カーで電車に乗ってくる親は非常識だ」とか、思いやりのないことが話題になっていた。そして、そういうことを必死になって話し合っているのである。どうしてそんなことになるかわからないが、恐ろしい国になったものだと思う。

 とはいいながらも、逆恨みは非常に多い。私もかかわりたくないことがたくさんある。
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プロフィール

渡邊大門(わたなべ だいもん)

  • Author:渡邊大門(わたなべ だいもん)
  • 1990年3月関西学院大学文学部史学科卒業
    2008年3月佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了 博士(文学)
    E-Mail:watanabe.daimon■peach.plala.or.jp(■=@)
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