2015年5月27~29日 また訃報相次ぐ
今日の天気は曇りがち。やがて雨も降るようだ。朝、なにげにテレビを見ていると、中村獅童さんが11歳年下の美人と結婚したと報道されていた。おめでとうとしか言いようがないが、世の中がいかに不平等であるかを実感する・・・。でも、今度は幸せになってください。前の嫁ハンは、竹内結子なんだよな・・・。
その続きで、朝から訃報が続いた。
先月、自らガンであることを公表した今井雅之さんが亡くなった。なんと54歳という若さであった。ご冥福をお祈りしたい。声が出なくなり、立っていることも困難ということで舞台を降板されたが、声が出ないというのはわかる。かつて私も末期がんの方に接したことがあるが、本当にお声が出ていなかった。たぶん呼吸をするのもつらかったと思う。
もっと驚いたのが、今いくよ師匠の訃報である。67歳。現在なら、若い部類に入るだろう。今から30数年前、世は漫才ブームであった。今いくよ師匠もブームを牽引したお1人であった。今や、漫才だけでなく、落語も衰退傾向にあり、彼らはお笑いで生活の糧を得るのではなく、MC(司会者)、クイズの解答者、レポーターなどなどで活躍している。
最近、正月に漫才や落語のテレビを放映することはなくなったが、30数年前はチャンネルのどこをひねっても、漫才と落語ばかりだった。そして、本当におもしろくて、いつも腹を抱えて笑っていた。ただ、最近は先述のとおりテレビで放映されることが少なく、たまにあっても残念ながらおもしろくない。笑いの感覚があわないのだろうが、ブームが復活して欲しいものである。笑うことは、非常に健康にもいいからだ。
死ということも他人事ではなくなった。マジメにコツコツがんばろう。
昨日、伊藤隆『歴史と私 史料と歩んだ歴史家の回想』(中公新書)を拝読した。非常に面白い本だったので、ご一読をオススメする。普段はこうしたことは書かないが、近現代史だからいいだろう。内容は著者の生涯に絡めつつ、史料の発掘、オーラル・ヒストリー、研究プロジェクトについて書かれている。史料発見の喜びが伝わるとともに、史料への飽くなき執念はさすがというところだ。
特に興味深かったのは、オーラル・ヒストリーの一節。オーラル・ヒストリーとは、インタビューのことである。彼は政財界などの大物に、積極的にインタビューと史料提供のお願いをしているのだ。言うまでもないが、インタビューは史料的な価値から言えば、二次的なものに属する。理由は、以下のとおり要約されよう。
・記憶違いがある。
・自分の成功は、大袈裟に語る傾向がある。
・自分の失敗は、弁解しがちな態度を取る。
・自分と親しい人物には、評価が甘い。
・自分と敵対する人物には、評価が辛い。
などなどであるが、もちろんすべてが当てはまるわけではない。そこを正直に語らせるのが、インタビューアーの力の見せどころなのだろう。
こうして考えてみると、われわれが調べている戦国時代で言えば、それが軍記物語であったり、家譜であったり、覚書などになるのだろう。今のような歴史学的な態度は乏しい時代であったから、もっと上記のような傾向は強かったと考えられる。自分が語るとき、どうしても客観的な態度で臨むのには限界があるようだ。
ところで、私と伊藤先生とは、少~~~しだけ接点がある。一度は、京都で開かれた某学会でお目にかかり、挨拶をさせていただいた。その後、ご縁があって、先生が中心になって刊行された『近現代日本人物史料情報辞典2』吉川弘文館の1項目を執筆させていただいた。今も日々研究に打ち込まれ、お元気なのがうれしい(もう先生は、私のことなどお忘れと思う)。そのエネルギッシュさを見習わなくては・・・。
その続きで、朝から訃報が続いた。
先月、自らガンであることを公表した今井雅之さんが亡くなった。なんと54歳という若さであった。ご冥福をお祈りしたい。声が出なくなり、立っていることも困難ということで舞台を降板されたが、声が出ないというのはわかる。かつて私も末期がんの方に接したことがあるが、本当にお声が出ていなかった。たぶん呼吸をするのもつらかったと思う。
もっと驚いたのが、今いくよ師匠の訃報である。67歳。現在なら、若い部類に入るだろう。今から30数年前、世は漫才ブームであった。今いくよ師匠もブームを牽引したお1人であった。今や、漫才だけでなく、落語も衰退傾向にあり、彼らはお笑いで生活の糧を得るのではなく、MC(司会者)、クイズの解答者、レポーターなどなどで活躍している。
最近、正月に漫才や落語のテレビを放映することはなくなったが、30数年前はチャンネルのどこをひねっても、漫才と落語ばかりだった。そして、本当におもしろくて、いつも腹を抱えて笑っていた。ただ、最近は先述のとおりテレビで放映されることが少なく、たまにあっても残念ながらおもしろくない。笑いの感覚があわないのだろうが、ブームが復活して欲しいものである。笑うことは、非常に健康にもいいからだ。
死ということも他人事ではなくなった。マジメにコツコツがんばろう。
昨日、伊藤隆『歴史と私 史料と歩んだ歴史家の回想』(中公新書)を拝読した。非常に面白い本だったので、ご一読をオススメする。普段はこうしたことは書かないが、近現代史だからいいだろう。内容は著者の生涯に絡めつつ、史料の発掘、オーラル・ヒストリー、研究プロジェクトについて書かれている。史料発見の喜びが伝わるとともに、史料への飽くなき執念はさすがというところだ。
特に興味深かったのは、オーラル・ヒストリーの一節。オーラル・ヒストリーとは、インタビューのことである。彼は政財界などの大物に、積極的にインタビューと史料提供のお願いをしているのだ。言うまでもないが、インタビューは史料的な価値から言えば、二次的なものに属する。理由は、以下のとおり要約されよう。
・記憶違いがある。
・自分の成功は、大袈裟に語る傾向がある。
・自分の失敗は、弁解しがちな態度を取る。
・自分と親しい人物には、評価が甘い。
・自分と敵対する人物には、評価が辛い。
などなどであるが、もちろんすべてが当てはまるわけではない。そこを正直に語らせるのが、インタビューアーの力の見せどころなのだろう。
こうして考えてみると、われわれが調べている戦国時代で言えば、それが軍記物語であったり、家譜であったり、覚書などになるのだろう。今のような歴史学的な態度は乏しい時代であったから、もっと上記のような傾向は強かったと考えられる。自分が語るとき、どうしても客観的な態度で臨むのには限界があるようだ。
ところで、私と伊藤先生とは、少~~~しだけ接点がある。一度は、京都で開かれた某学会でお目にかかり、挨拶をさせていただいた。その後、ご縁があって、先生が中心になって刊行された『近現代日本人物史料情報辞典2』吉川弘文館の1項目を執筆させていただいた。今も日々研究に打ち込まれ、お元気なのがうれしい(もう先生は、私のことなどお忘れと思う)。そのエネルギッシュさを見習わなくては・・・。
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